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ニューヨークで法律を勉強中のKに、最近会った?

 私の知り合いに角田天空という男がいます。もうかれこれ20年くらいの知り合いですから、年齢は70歳近いのではないかと想像します。年齢の話は本人がしたがらないのですが……会ったころは50歳くらいな雰囲気でした。知り合ったばかりのころは、浦和で「コスモスエネルギー協会」なるものをやっておりました。

 あやしいでしょ?

 あやしいんですよ。なにしろ、あやしいという前提で会ったら、宇宙人からエネルギーをもらっただの、UFOに乗って空を飛んだことがあるだの、あやしい話しかしないのです。

 天空の見た目は、昭和のムード歌謡グループのリーダー、みたいな。髪はポマードびっしりオールバックで、赤いスーツがよく似合いそう……みたいな。本業は土建屋の社長で、みたいな。ま、とにかく、私は、彼のことをずっとペテン師と呼んでいます。

 

 そんなあやしい男をふくめた友人たちとつきあってきた顛末は「フリフリ人生相談」というタイトルをつけて、アーカイブされています。以下のURLは最終話の「250」です。右側にインデックスがあるので、興味あるかたは、第1話から読んでみてください。

 

 さて。そんな角田天空とは、いまでも会っています。実際にリアルな人生相談に答えてもらう、なんてことをやっています。これはいま、こちらのサイトで連載中です。

 

 ある意味、仕事として会ったりリモートで話を聞いたりしているわけですが、先日、天空がこんなことを言いはじめました。

 

「この前さぁ、ニューヨークで法律の勉強してる若い男に会ったんだけどね」

 

 こういう話を、浦和から東京の恵比寿に場所を移した「コスモスエネルギー協会」で、彼はクライアントたちにしているのです。クライアントというのは、ちょっと人生に悩みを抱えた人たちです。親や子どもが病気とか、大学に進学を控えているとか、交通事故とか、振り込み詐欺とか。そういうのはすごくリアルなのですが、あまり関わりたくないので、私は知らん顔をしています。

 

「ニューヨークで法律の勉強?」

「そうそう。けっこう優秀らしい。で、その男、名前をそうねぇ、ミスターKってことにしとこうか……日本に恋人がいてさ、婚約発表までしたんだけど、そのとたん、Kの母親の昔の婚約者っていうのが現れてさ、金を貸してまだ返してもらってないだのって、週刊誌で騒ぎはじめたわけさ」

「ちょ、ちょ、それって……」

 

 まぁそういうことです。天空は、そのミスターKに会ったって言ってるわけです。

 

「どこで会ったのさ。このコロナの時期に。天空さん、アメリカなんて行けないでしょ?」

 私はするどく突っこんでみます。

「どこって……それはまぁ、内緒。おれはUFOに乗っけてもらって、いつでもどこでもいけるから……そもそも、コロナってさ、知ってる? 宇宙人から教えてもらったんだけどさ」

「いい、そんな話は聞きたくない」

 と、私は耳をふさぎます。

「そう? でだ、そのミスターKが言うにはさ、この前、日本国民向けに長い文書を発表した、と。その反応がどうもイマイチで、どうしたもんかって言うんだけどね」

「どうしたもんかって……そういう呑気な話?」

「呑気? 呑気じゃないよ、本人はかなりマジさ。婚約者とも家族とも、そろそろ結婚どうするかってことで、大詰めらしいし」

「…………」

「松尾さん、読んだ?」

 と、天空が私に聞きます。

「読んだ、全文……28枚」

 と、私はちょいとばかり誇らしげに答えます。

「どう思った?」

「どうって……まぁ、ぼくの感想としては、フェイスブックにも書いたんだけど、あの文書は、ミスターKが、元婚約者Aはタチの悪いヤカラですってことを広く公言したんだって気がした」

「そうね。そんなこと言っても、国民はぜんぜん納得しないよね。ヤカラ相手に法的な話持ち出しても、ますます話がこんがらがるだけで……」

「いやいや、でも、国民は、そういうややこしい話をすっきり解決してくれる男を見たいわけでしょ。ぼくとしては、渡哲也みたいなのがいいんだろうなって思ったんだよね。表で頭をさげるもよし、裏できっちり話をつけるもよし、でも、すっかり相手が惚れ込んじゃう、みたいな」

「渡さんねぇ……そうねぇ、そうかもねぇ」

 と、天空は意外にまじめな顔でうなずきます。天空は渡哲也のファンだったのかもしれません。

 

「で、天空さんは、どう思ったのよ」

 私は、思わず、そう聞いてしまいました。本気で受け取る必要もない与太バナシだとはわかっているのに、天空の話につい乗ってしまうのです。こうやって、ペテンだとわかりながら、私はかれこれ20年くらい、この男につきあっているのです。

 

「おれ? そうねぇ、おれはそんなに学はないから読んでもちょいとチンプンカンプンだったけど、ひとつ思ったことはさ……ミスターKの相手の女の子が、なんだかんだ言って、この若い男に惚れてるってことなんだよね。渡哲也とはまったく違うタイプの、国民はいつまでたっても納得しないだろう、この若造に……心底惚れちまってる……」

「…………」

「だって、おかしいよね。かたや法律なんてものは通用しない、伝統と格式と国民への奉仕だけみたいな世界の子とさ、個ってやつが大好きなアメリカで勉強中のガチガチの法律しかできない男……こんなの、水と油どころか、月とスッポン……本人たちは月と太陽なんて言ってたみたいだけど」

 と、そこで、ウシシシとさもおもしろそうに笑います。

「それで?」

 醒めた目で、じっと天空を見つめる私。そうしないと、天空はずっと馬鹿笑いをしていそうなのです。

「それで……国民は、きっとだまされてるんじゃないかとか、こんな男、ふさわしくないんじゃないかとか言うわけだよね。でもさ、じゃあ、どんなのがいいのってことだよ。この男じゃなかったら、どんな男に彼女は惚れたんですかって……逆に、あのお姫さまと結婚しようって思う男ってどんなやつなのって……そういう話になっちゃうよね。お姫さまと結婚する男って想像しただけで、ふつう、そこにあるのは純愛か策略か、どっちか、一般ピーとしては」

「一般ピー」という言葉が天空の年齢を思わせます。

「純愛か策略、じゃあさ、どっちかに決めよう。決める。いい? ミスターKは策略家で悪人であるとする、ね、悪人。われらがお姫さまは悪人に恋しちゃったわけだよね」

「…………」

 そのとき、私は、ひとことも答えるものかという決意を秘めた顔をしていたと思います。そんな私を見て、天空はぼんやりと笑ってから、続けました。

「そこに愛はあるんか?」

 

 天空は、大地真央のコマーシャルみたいに関西弁で、そう言ったのです。

「そこに愛は、あるんか?」

 と、また言いました。

「…………」

 私は黙って天空を見つめるしかありません。

「あるんだよ。そこに愛が……。おれがミスターKに会って思ったのは、そこ。愛がある……っていうより、愛しかない。ほかの思惑とか常識とか配慮とかがなくて、愛だけ」

「…………」

「ミスターKは悪人、だとすると、そこにあるのは愛じゃないよね。でもさ、姫さまにはちゃんと愛があるわけだよ。そうでないと成立しないんだ、恋愛とか婚約が。そうよ、もちろん姫はだまされちゃってるわけだよね、国民の想像としては。でも、彼女は、国民を愛するために存在する家のひとなんだから。彼女はなんの疑いもなく、すべての国民を愛している人なんだよ……わかる? 彼女の愛するのは国民のすべて、いわんや悪人をや、なんだよなぁ」

 天空は見栄を切るような顔つきで、そう言ったのです。

 

 構造として、ミスターKがダメであればあるほど、お姫さまの愛が輝く、と。太陽と月の話なんてことは想像したくありませんが、なにやら、ちょいとばかり天空の話に納得しちゃってる私なのでした。