JAFストーリー

030 家の鍵

 

 北里和夫さんは現役時代、ある製薬会社の安全運転管理者だった。

 

「そら大変やったですわ。もうねぇ……」

 

 営業車は540台。それらが起こすさまざまなトラブルを処理するのである。そのころの苦労話は山のようにある。

 

「私、540名の運転手にね、どんな違反でも全部報告させたんです。どんな小さなことでも。ほんで私が安全運転管理者になってちょうど4年めに、やっと無事故をね、達成しました」

 

 北里さんの地道な取り組みの結果、540台が1年間、無事故だった。

 

「大阪府警からも表彰してもらいました」

 

 北里さんは、運転時の心構えにも一家言ある。

 

「私はね、運転するときは車6台を運転する気持ちでおるんです。前の車と、その前、左右、うしろ、自分。その6台を自分で運転する気持ちで運転するんですね。前の車の前が止まったら、必ず前が止まるんですから。前が止まったときに気づいても遅いですよね。前の前の車がどういう動作でやっとるか、それで左右、うしろの車、いつ突っこんでくるかわからんですから。つねに6台を運転する心構えで運転します」

 

 などと、熱い言葉が続く。

 

 今回は、そんな北里さんの話である。

 

 6月19日。北里さんは、近くの集会場での寄合のあと、雨のなか、駐車場に戻った。夜の8時半。キーホルダー型のリモコンスイッチでドアを開け、シートに座りキーを挿しこんだ……つもりが、なんと、自宅の鍵を突っこんでしまったのだ。

 

 先端が1cmほど入ったところで、動かない。

 

「入るどころか抜けもせんです。完全にもう……頭にきたからガンとやったら曲がってしもうたんですわ。ぜんぜん動かへん。動かへんし、ぐにゃっと曲がってしもとるし、これはあかんと思て、JAFさんに連絡したんですね」

 

 ところが駐車場は9時には閉まってしまう。北里さんは翌朝改めてJAFに連絡することにして、その日は友人の車で帰宅した。

 

 そして翌日の朝、やってきたのは藤田和正隊員。昨夜よりもひどい雨だった。

 

 北里さんは、雨のことをよく覚えている。

 

「土砂降りでね、そらひどかったですわ。で、私がドアを開けといて、傘をさして、藤田さんにこうやるんですけども、ほんなん、びしゃびしゃ。頭もぼろくそ。ようやってくれましたで」

 

 藤田隊員は、恐縮する。

 

「私はカッパを着てるんで大丈夫ですよって言うたんですけどね、ほんまにやさしくて……」

 

 1時間近くかかった。藤田隊員もあきらめかけながら最後だと思って力を入れたとき、ようやくキーは抜けた。

 

「やった、抜けた!」

 

 ふたりは、抱き合わんばかりに喜んだ。

 

「恥ずかしいですな、ほんまにね。20何年っていうのを安全運転でやってきて、うん、表彰までしてもろておるけれども……恥ずかしい」

 

 北里さんの苦笑である。