JAFストーリー

022 黙々と

 

「暑かったです。湿気がものすごくて。現場に歩いて降りていくだけでもう、汗びっしょりでした」

 

 7月4日。山村和俊隊員は丹沢山地のヤビツ峠の近くに呼ばれた。神奈川県道70号から数百メートル奥にくだった林道。

 

 そんな山奥で救援要請をしたのが、沢田正雄さんだ。40歳になってから中型免許を取った新人ライダーである。義理のお兄さんの家に廃車同然で放置されていた古いバイクをもらい受けた。週末の朝3時とか4時に家を出て、奥多摩、相模湖、三浦半島などを走る。

 

「いまは、いろんな道を走るのが、楽しみなんです」

 

 新しい道を発見することに喜びを感じている。それで、その日も、県道から国道246号に出られそうな気がして林道に入り、沢に降りていったのだ。

 

「傾斜角は25度くらい……ブレーキしてもズルルっていきそうなところで。でもまぁ、行けないこともないので、降りていって……

 

 沢まで出た。が、渓流の幅が広く越えられそうもなかった。引き返すしかない。

 

「足場がぐちゃぐちゃしてて、戻ろうと思った時点でやばいなって思ったんですけど」

 

 激しく蛇行する砂利道。急斜面。まったくバイクは登っていかない。

 セルモーターもついていない古いバイクは、一度止まるとエンジンをかけることもままならない。

 

「持ちこたえられなくて、そのままうしろ向きに林道から完全に落っこちたんですよ」

 

 2時間ほど苦闘したが、結局、JAFを呼ぶしかなかったのである。

 

 現場に到着した山村隊員は、まず沢田さんとふたりで押してみることにした。

 

「でも、やっぱり急斜面だったんで、10メートルくらいまでが精一杯だったですね」

 

 山村隊員は、林道の入り口付近に止めたサービスカーまで戻り、応援を要請するしかなかった。

 

「たまたまレッカー車に2名乗車の新人がいたんです」

 

 基地主任という立場上、人員のシフトは頭に入っていた。

 

「新人が指導員とふたりで乗ってましたので、4人なら最悪、押せば上がるんじゃないかという判断もあって、司令室に応援を要請しました」

 

 鬱蒼とした山奥で、ふたりは応援を待った。あたりにはものすごい数のヒルがいた。衣服のなかにまで入りこんできて、ふたりとも何か所も血を吸われた。

 

「それからは、ふたりでずっと立ったままでした。足踏みしながら」

 

 1時間ほど待って、ふたりの隊員が現れた。4人で押した。それでようやく沢田さんの中型バイクは県道まで戻った。作業時間1時間半。技術的なトラブルではない。汗をあふれさせながら、黙々と押した。

 

「たぶん、この救援は、一生忘れないと思います……」

 

 と、山村隊員。そういう作業も、たまに、ある。