JAFストーリー

018 ひまつり

 

 西本貴美子さんが旦那さんと知り合ったのは、貴美子さんが勤めていた職場に、大学卒業間近の彼がアルバイトに現れたときだそうだ。

 年の差は9つ。

 

「そのときは、なんていうこともなく、仕事を教えたりとか……。むこうも初めはきらいだったみたいですよ、私、言うことは言いますから」

 

 彼は学生、彼女はすっかりおとなの女。美しい貴美子さんに近づく男も多かった。

 

「持ち家があるとか、すぐにそういう話になってしまうようなかたばっかりで。私はそういうのを望んでなかったし、どれだけの名刺を持ってるとか、なにを用意できるとかは私にはあんまり響かなかったんです。けど、主人は、すごい大事にしてるんだって、犬を見せてくれたりとか」

 

 もうこうなってしまうと、粗削りな若さの勝ちってことである。きっと気恥ずかしいほどストレートな表現で貴美子さんはプロポーズされ、1年半前にふたりは結婚。

 

「結婚してすぐ、子どもを授かったんですよね」

 

 妊娠すると、頻繁に遊びにいくこともできない。ようやくゴールデンウィーク最終日に、ふたりは笠間の陶炎祭(ひまつり)に出かけた。自宅からだと1時間もかからない平坦なコースだ。

 

 半分ほど行ったとき、どこからともなく異臭がして、そのうちエンジンルームから煙が出た。

 

 貴美子さんが免許を取ってからずっと乗っている愛車。15年近い彼女の思い出がこもった車。それが煙をあげた。停車したらそこで終わるのではないかという気もして、運転している旦那さんは、とにかくガソリンスタンドまで行こうと言った。

 

 煙を上げ続けて走るクルマは注目の的だった。陶炎祭会場手前のスタンドに到着したとたん、エンジンは死に絶えたように止まった。

 

 知り合いの整備工場などに電話したがゴールデンウィークで都合もつかず、結局、JAFに連絡した。

 

 30分ほどで高野賢隊員がやってきた。エンジンをチェックしたが、予想通り牽引するしかなった。

 

「ここまでたどりついて、また水戸に戻るのかって……」

 

 レッカー車の助手席で、貴美子さんは最悪の気分だった。

 

「いまは大切な時期ですから、事故とかじゃなくてよかったですね」

 

 と、高野隊員が気遣って言ってくれた。それを聞いて「ああ、ほんとだな」と、彼女はつくづく思った。

 

 結婚。妊娠。初めて呼んだJAF。

 

 隊員と会話をするうち、愛車が煙をあげたことや、スタンドで心細かったこと、レッカー車に乗っていることが、みんなイベントのような気がしてきた。そうやって、いつの間にか、気持ちが晴れた。

 

 ちょうど1年前のことだ。

 

「今年も陶炎祭に出かけたいねって話になって、そう言えば、こんなことがあったっけね、なんて……」

 

 膝のあたりで少しだけぐずる赤ちゃんを、貴美子さんは片手で抱いた。