JAFストーリー

016 まごころ

 

 川崎美土里さんは、九州に住んでいる。ずっと、雪化粧の富士山を見たいと思っていた。

 

「主人が、若いときに見た富士山はすごかったすごかったと言うもんですから……」

 

 これまで、2度、夫婦で出かけてみたが、あいにく、雪の富士山を見ていない。

 

 昨年の2月、また、ふたりは富士山を目指した。高速道路も使わず、宿の予約もせず。

 

「いや、もう、行き当たりばったりの旅です」

 

 西広島バイパスを走り、サービスエリアに立ち寄った。出ようとしたらエンジンがかからなかった。

 

「ちょうどサービスエリアにガソリンスタンドがあったから、いろいろ見てもらったら、バッテリーやろうゆうことで、バッテリーを替えてもらいました」

 

 ところが、広島市街地を抜けたころ、メーターパネルの警告灯がすべて点灯した。

 

「このまま止まったら大変ちゅうことで……とにかく、道路からはずれたところに入って止めたんです。すぐにJAFに電話して、来てもらったんです」

 

 やってきたのは、大和信康隊員。問診と点検の結果、ファンベルトのゆるみであると特定し、調整した。

 

「ただ、ベルトのほうもけっこう痛んでました。その場で調整をしても、またベルトが切れたりとかゆるんだりして止まる可能性があるので、そういう説明をさせていただきました」

 

 作業中のふたりの会話から、富士山を目指す夫婦であることを察した大和隊員は、その夜は広島に宿泊して、翌朝、ディーラーに持ちこんでベルトを交換することを勧めた。

 

「作業してもらってる途中で、適当なホテルに、予約だけは入れたんですよ。それで、作業が終わって、今度は、そのホテルまで、隊員さんがね、ずっと誘導してくださったんですよ。私のうしろについてきてくださいって」

 

 ホテルには駐車場がなく提携駐車場を案内された。大和隊員はそこまで誘導してくれた。しかも——。

 

「お好み焼きのおいしい店とか教えてくれたんです。いろいろね。観光案内やないけど。それから、自分が知ってるディーラーに電話をしておきますから、明日行ってくださいねっていうことでね、手配までしてもらって……」

 

 ふたりは、大和隊員の対応にとても感動した。

 

「まごころを感じるんですよ。仕事じゃなくて、自分の内側から出とる、まごころ」

 と、靖夫さんは言った。

 

 ふたりは、翌朝、ディーラーに寄ってファンベルトを交換したが、富士山行きはあきらめて小倉に戻った。

 

「けど、ちっとも残念やなかった。気持ちがよかった。親切に、ほんと、忘れられんくらい。いいかたやったなと思います」

 

 美土里さんは「私たちの感動編」と書いて投稿してくれた。

 

 大和隊員は恐縮する。

 

「やっぱり、年を取って、夫婦でそろって、ゆっくりクルマで旅行っていうのも、うらやましいと思いました」

 

 心が、触れあった。