JAFストーリー

015 通りすがり

 

 8月15日。夜の8時過ぎ。

 

 里山真司さんと香奈さんご夫婦は、幼い子どもふたりといっしょに、真司さんの実家から自宅に戻ろうとしていた。

 

 実家を出てほんの5分くらいの交差点だった。信号待ちの最前列で左ウインカーを出して赤信号で停車した。

 そのとたん、エンジンが止まってしまった。メーターランプも、かかっていた子どものCDも、ヘッドライトも、すべて消えた。

 

「電気も全部消えちゃって。ほんとにウンともスンとも……。もう真っ暗で、うしろにずっと信号待ちで並んでるクルマがいて……とりあえず動かへんもんで、クルマから降りて、ちょっと止まっちゃったんで前に行ってくださいって言って」

 

 そうやって、真司さんは運転席を出て後続車を誘導した。

 

 信号が赤になっている間にJAFに電話を入れようとした。

 お盆の時期なので1時間くらいは待つ覚悟で、財布に入っている会員証を、あたふたと取り出した。

 

 香奈さんは車内で子どもたちをあやしながら、実家に電話を入れた。JAFを待つ間、子どもたちを預かってもらおうと思ったのだ。

 

 そのとき、JAFのレッカー車がすっと現れて前方に止まった。

 

 真司さんはまだ電話もしていないのにと不思議に思い、香奈さんは「はやッ」と驚いた。

 オレンジ色の制服を着た富樫健司隊員が現れて「どうされましたか?」ときいた。

 実は、富樫隊員は信号待ちの後方にいたのである。

 

「青になって発進しようとしたときに、前の5、6台くらいのクルマが、車線をふくらんでよけていくんで、ん? と思ったんです。そしたら、ハザードも出さずに止まっとるクルマがおったということですね」

 

 富樫隊員は、里山さんから症状を聞いて、すぐにバッテリーをみた。想像どおり、マイナス側ケーブルがはずれかかっていた。そこをきちんと締めると、すぐにエンジンがかかった。

 

 交差点左手のコンビニに移動し、改めてエンジンルームをチェック。里山さんの会員証を確認したあと「あとでちゃんと点検なさったほうがいいですよ」というアドバイスを残し、隊員は去っていった。

 

 そのあと実家から駆けつけた両親は、もちろんまだJAFを待っているのだと思った。だが、作業は終わり、里山さんたちが待っていたのは両親だったのである。

 

 帰宅する途中、香奈さんは、真司さんがJAFに電話していなかったことを聞いてびっくりする。

 

「いや、実はおれ、電話してないんだって。通りすがりのJAFのひとが、気にかけてくれたって」

 

 ものすごい偶然に驚きつつ、なんてさわやかでかっこいい隊員なんだろうと香奈さんは感動する。

 

「けど、よく考えたら、私、車内にいて顔ぜんぜん見てなかった」

 

 富樫隊員がほんの数分前に現場を通っていたら、彼らは会うことさえなかった。まさに、夏の夜の奇跡。