JAFストーリー

012 有段者

 

 吉野智子さんは、15歳のときからなぎなたを習っている。五段になったいまは指導する立場でもあり、週に何度か練習場に通っている。夕方からはじめる稽古は、夜の11時まで続くこともざらだ。

 

 7月2日。高松市屋島の小さな体育館。その日は少し早めの10時ごろに稽古は終わった。

 

「お稽古に来るひとが少なかったんで、早めに切り上げたんです。あたりに街灯はあるんですけど、ほとんど役に立ってないくらい暗くて……真っ暗なんですね」

 

 消防団の倉庫前の空き地に、いつもクルマを止めている。クルマに近づいたときに、ちょっとした違和感があった。

 

「なんかこう、タイヤのあたりが黒いんですね。でも、水平に浮いてる……しばらく考えたんです、何十秒か……あ、タイヤがない、けど、浮いとる」

 

 前輪右側のタイヤだけが、ホイルごとなくなっていたのである。車体の下部にはレンガが積まれ、クルマのバランスは保たれていた。

 

 すぐに警察に電話した。15分くらいしてパトカーに乗ったふたりの警官が現れた。

 

「調書を書くのに時間がかかったんです。1時間くらい……

 

 調書を書き終わったのは11時を過ぎていた。てっきりパトカーで送ってくれると思っていた。

 

「タイヤがないんやからねぇ。どうやって帰るんですかとか、言うてくれると思ったんですけど、そういう話は、なかったですね。それじゃ、ゆう感じでした」

 

 あっさりと残されてしまい、困り果てたとき、車内に貼っていたJAFのシールが目に入った。18歳で運転免許を取得したときに会員になったが、一度も呼んだことはない。

 

 救援要請を受けた小堺明弘隊員は、車積載車と連絡を取りつつ、その手伝いのつもりで現場に向かった。

 

 到着した小堺隊員は、スペアタイヤを取りつけるために、ナットが落ちていないか探してみた。だが、盗難犯はすべてを持ち去っていた。仕方なく、ほかのタイヤから1本ずつナットをはずしスペアタイヤを装着した。

 

 そして、現場から100メートルほど南の広い駐車場で車積載車と合流して、クルマを積みこんだのである。無事、智子さんは帰宅することができた。

 

 ところで——。

 

 なぎなたの練習のあとだったので、智子さんは稽古着姿だった。けれど、パトカーでやってきた警官たちは、そのことを話題にはしなかった。

 

「警察官は、だいたい武道ゆうたらね、同業者みたいなもので……」

 

 それで関心がなかったのかもしれないと智子さんは笑う。

 

「私もそうでした。練習のあと、道着のまま帰りましたよ」

 と、小堺隊員も言う。

 

 実は、彼は学生のころから剣道をやっていたのだそうだ。智子さんの格好を見て、なぎなたか剣道かと思ったのだが、そのことを話題にすることはなかった。

 

 なぎなた五段。警官ふたり。そして、剣道三段のJAF隊員が集結した盗難現場だったのである。