ストーリーテラー 

松尾伸彌

松尾伸弥

ストーリーテラーの松尾伸彌です。

 

個人的なプロフィールを書きます。

つまり、

自分のプロフィールを、

ストーリーテリングしてみる、ということなのですが……。

 

 

 1959年、兵庫県香寺町(現・姫路市)生まれ。

 

 筑波大学在学中に講談社の『小説現代』新人賞に応募すること数回、何度めかで「新人賞候補」5作に選ばれました。

 

 

 この5作を審査員が実際に読むのですが、当時のメンバーは、池波正太郎、山口瞳、結城昌治、野坂昭如、五木寛之……錚々たる面々です。結果的には新人賞は取れず、掲載された審査員講評もさんざんなもの。でも、このときに、大学3年生だった私は「おれには文才がある」と思ってしまったのです! このみょうな自信と願望があとあと尾を引くことになります。

 

 大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』に配属されて、グラビア担当になりました。グラビアっていうと、かわいいアイドルやセクシーな女性たちとごいっしょするのが日常業務で、いま思えば夢のような仕事でした。

 入社5年後に『PLAYBOY日本版』に異動。そこでも、やっぱりグラビア担当。プレイメイトジャパン! とかやってました。

 3年後、『週刊プレイボーイ』に戻り、またまたグラビア、なのですが、この間に、小説を2冊出します。集英社の社員なので本名はまずい気がして、松尾正徳というペンネームで書きました。1990年『極楽パーティ』(角川書店)、1991年、書きおろしで『レム睡眠の街』(講談社)です。私に才能があったからということではなく、バブルでした。イケイケドンドン、数撃ちゃ当たる、みたいな雰囲気です。

 とにかく、世のなか、バブルだったのです。浮かれてました。みょうな自信と願望が暴走します。っていうか、あのころは、みんなそうだったような気が……。

 

 1991年に『Seventeen』に異動になります。一応、副編集長に昇格。なのですが、なにせ、これまでグラビアに出てもらっていたような年齢の女の子たちが読者層という……かなり動揺してました。しかも、編集部には女性編集者がふつうにいるわけです。プレイボーイはチョー男所帯でしたから、慣れない仕事と職場環境にまったく自分を見失っていたと思います。

 

 その後、ちょいと家庭の事情があり……と、このあたり、おもしろい話なんです。人に話すと「お前から聞いた話のなかでいちばん、おもろい」とみんな言います。「それ書け」と言われます。

 そのうち、書きます!

 

 

 で、家庭の事情のクライマックスがあり、2001年、集英社を退社。そこから、フリーランスです。

 

 日本自動車連盟会員誌『JAF Mate』にコラムの連載をもらいました。「JAFストーリー」というタイトルの1ページです。編集長と知り合いになって、旅記事もまかせてもらえるようになりました。

 

 2018年に『あいのり投資』という本を、多根幹雄くんとの共著で集英社から出しました。多根くんはクローバー・アセットマネジメントという会社をやってる投資家で、高校時代の同級生です。お金とか投資の話なんて、私はまったく無知識なので、多根くんがしゃっべった内容を私が文字にする……要するにゴーストライターってことで、ほんとなら彼の名前ピンで出ているべきでしょうが、そこは同級生ってことで共著になりました。

 ありがたいことだなぁと思っているうちに、2019年で60歳です。還暦ですね。

 

「暦が還る……もう一回リセット、生まれ直しってことだ」

 と、しみじみ思っている今日この頃です。

 

 さてさて、リセットするなら、やっぱり、あの気分でいたいなぁと思いついたのが『極楽パーティ』というタイトルです。

「やっばり、そこ?」

 と、ちっとも反省してない私ですが、もう若くはないので「みょうな自信と願望」はそのうちどんどん「老人の頑固さと妄想」に名前を変えて、ま、私はどこまでも私である、ということでしょうか。

 

 最近、「職業:ストーリーテラー」というのを、思いつきました。

 

 このあたりが、いまの私の現在地です。

 よろしくお願いします。